第5章 スカーフ
「ご、ごめ…」
「触らないでっ!」
「っ…そんな…」
縋るように伸ばした手が、拒絶の言葉と共に振り払われショックの色を滲ませる。虚しく虚空を泳いだ手をそのままに、揺れ動く瞳で名前を見つめる。
その遥の視線さえも、今の名前には酷く苛立ちを与える材料となった。
「今まで、我慢してたけど…!もう無理、我慢するのは止めた…っ。遥なんか、大っ嫌い!」
「…っ!名前、そんな、そんな事言わないで…私には、アンタしか、居なくて…。アンタしか、要らなーー」
「煩い知らない黙って!!!!アンタなんかっ…!アンタなんかとは絶交よ…!!!!」
そう叫んだ後、勢い良く立ち上がった。服が汚れるのも気にせず服の袖で無理矢理涙を拭い自身の鞄をひっ掴んだ。一刻も早くこの場を立ち去りたい。強くそう思った。
遥と同じ空間に居たくないと思ったのだ。それと同時に"これ以上傷付けるような事を言いたくない"とも思っていた。
心では嫌悪することが多々あった名前ではあるが、なんだかんだ自分の言葉で幼馴染が傷付いていく顔をこれ以上見たくなかったのだ。
ーー絶交って言っちゃった…どうしよう。でも、でもっ…あんな事言われたら…!!
遥に背を向け、数歩足を進めドアノブに手を伸ばそうとした。それと同時に、その手を後ろから伸びてきた手が、弱い力で掴んできた。
「お願い、絶交なんて…言わないで…。わた、私は……私、には、アンタしか…名前しか、居ないの…名前しか、要らないの…」
まるで蚊の鳴くような声だった。そのか細く弱々しい声に、業火のように燃え上がっていた名前の怒りが少しずつ弱まっていく。それと同時に先程押し寄せてしていた後悔が尚強くなる。
嫌いだなんだと言って心の中で毒を吐いても、結局私だって遥と一緒なのだ。遥しか、居ないのだ。長いとは言い難い人生年数だが、振り返ってみるとどの思い出も遥ばかり。いい思い出も、悪い思い出も、だが。縋り付き体を震わせる遥へと視線を向けながら、名前はぼんやりとそんな事を思っていた。