第5章 スカーフ
違う。名前自身が、財前とまだ離れたくないとーーほんの少しでも、思ったからだ。
伸びた手が、財前の手を優しく握る。彼が名前の手を握ってきたように指先で優しく手のひらを撫でると、少し躊躇ったように動いた後、招き入れるようにゆっくりと手が開いた。
するりと手が動いて、きゅ、とふたつの手が互いを求めるように強く重なった。
一人は、慰めてくれる者を離さないと言うように。
そして、一人はーーーー…。
「…時間、まだあるなら一緒にプレゼント見てほしいな。一人だと、考えすぎて何買って良いか分からなくなっちゃうから」
繋いだ手の指先に、ギュ、と力が自然と入ってしまう。
名前は無意識かもしれないが、財前にはそれが「行かないで」と言っているように感じた。
「…俺がここまで案内したんやし。まぁ、しゃーないっすわ」敢えていつものように生意気な口振りでそう呟くと、名前は心底安心したようにくしゃりと笑って見せた。
「ごめんね、財前くん」
「別に、こんくらいなんとも思ってません」
「…ごめんね、財前くん。嫌な、先輩で」
「嫌かどうかは、俺が決めるんで。勝手に決めといてくれます?」
「あははっ、本当に生意気な後輩だなぁ」
「ほんまに、頼りない先輩ッスね」
お互い憎まれ口を叩いて、顔を見合わせて、笑って。
ほんの少しの間そうして時間を過ごした後、手を繋いだままゆっくりと店内へと足を踏み入れる。店内に入ると直ぐに店員の「いらっしゃいませ」と言う柔らかな声が二人を迎え入れた。学生であろう二人が仲良く手を繋いで入店した様を、店員達は微笑ましい気持ちで眺めていたが…そんな事を二人は知る由もない。
店内には落ち着いたBGMが流れていた。ほんの少しだけ、店内を見渡す。店内のライトがやけに輝いて、やけに滲んでゆらゆらと見えたが、気の所為だろうと思う事にした。
「スカーフはこっちにありますよ」
店内の奥を指差しそう言った財前に「よし、行こう」と僅かに上擦った声で名前が答える。
気づかないふりをする人。
気づかない素振りをとる人。
不器用な二人のそんな様を、気づかない店員達は相変わらず微笑ましい気持ちで眺めていた。