第5章 スカーフ
しかし、そんな事を名前は気づかない。生意気な後輩である財前光の、僅かな気遣いに。
なんとなく気まづい雰囲気が流れ「あはは」とその場凌ぎの乾いた笑みを零す。その数瞬後に、財前の手が名前の肩に置かれた。
今度はなんだ?とギョッとしながら彼の横顔へと視線をやると、肩に置かれていた手に力が入ったのが分かった。それと同時に、グイッと力が入り体が傾く。
こつん、と頭同士が軽くぶつかった。
「この人、好きな人が居るんで変な勘ぐりとかやめてくださいよ」
少しも揺るがない、ピンと張った糸のような声音で、財前がそう言葉を紡いだ。
視線は真っ直ぐに、真っ直ぐな声で、真っ直ぐな言葉を向けてきた財前に、白石は目を大きく見開いた。それと同時に、呼吸を忘れる。
その時、何故か白石蔵ノ介は財前光の醸し出す何かに、圧倒されたのだ。何にかは、彼自身分からない。だからこそ、しぱしぱと目を瞬かせながら先程の名前と同じように「はは…」と乾いた笑いを浮かべた。
「そう、やったんや。知らんかったわ…。苗字さん、俺でよければ協力するから何でも言うてな?」
そう言って多少不自然に笑った白石に、名前はいつもの愛想笑いを浮かべーー財前は顔を顰めた。
微妙な空気が流れる。それを察しか、わずかに声のトーンと、テンションを上げた白石が口を開いた。
「にしても、苗字さん…もしかして遥へのプレゼントとかでここに来たん?」
「え…?そ、そうだけど、なんで分かったの?」
「いや、苗字さんの今日の服装見る限りスカーフする感じには見えへんし、あとは身近でスカーフ言うたら遥かなぁ思て。…どや?当たった?」
そう言ってパチン、とウィンクを飛ばす白石。キザったらしい動作だが、嫌味なくらいさまになっている。
向けられたウィンクにか、それとも向けられた柔らかな表情にか…ドキリと心臓を跳ね上げさせた名前は自然と頬を緩ませた。
「…うん、当たってる。凄いね、白石くん。名探偵じゃん」
「あはは!めっちゃ褒めてくれるやん、おーきに。にしても、プレゼントて…もしかしてもうすぐ遥の誕生日とかやったりする?」
さらりと聞かれた質問に、名前の表情が一瞬曇ってしまうのを、財前は見逃さなかった。