第5章 スカーフ
少し前の名前なら、考えられない事であった。
どんなに気になる人や好きな人が出来ても、遥が邪魔をしてきてその人が彼女に想いを寄せたらすんなり諦めていたのだから。
『私じゃ彼に釣り合わない。遥の方がお似合いだ』
そんな事を思っては、諦めていた名前。
しかし、先日財前光と言う後輩と話した時に言われた言葉が強く心に響いた。釣り合うとか、釣り合わないとか。そんな他人の目よりも、自分の心に従うことに、名前はしたのだ。
とん、とん、と指先で机をノックしながらぐるぐると思考を巡らせていると、ガラリとドアが開き反射的にそちらへと視線をやる。視線の先にはうんざりとした表情を浮かべた遥が教室へと入ってくる様子が見えた。
自席へと行き、鞄を手にする彼女に「お疲れ様」と言葉を投げる。
「…本当に疲れた。明日の授業の準備手伝わされたわ」
「そうだったんだ。それは災難だったね」
「本当だよ。今日は早く家に帰らなきゃいけなかったのに」
「そうなの?大事な用事?」
「……今日は、兄の命日だから」小さな小さな声で呟いた彼女の声に、そうだ、と思い出す。
遥の兄である旭。彼は名前と遥が出会う一年程前に事故で亡くなってしまった。
「旭くんの…。ねぇ、お線香あげに行ってもいいかな?直ぐに帰るから」
「別に直ぐに帰らなくても良いのに。ご飯でも食べてけば?」
「いや、悪いからいいよ。…けど、最近遥のお母さんに会ってなかったから会いたいかも」
「あーそれお母さんに言ったらきっと喜ぶよ」
あはは、なんて二人で笑い声を上げながら荷物を持ち教室を出る。遥の家に着くまでの間、他愛もない話をしているとあっという間に着いてしまった。十分以上は掛かる筈の道のりなのに、二人で話をしているとほんの数秒のように感じてしまう。
「もう着いた、アンタと話してると時間経つの早すぎ。この時間泥棒~」
「それはこっちのセリフです~。この時間泥棒~」
べー、と舌を突き出す名前に、遥は吹き出して笑いながら玄関のドアを開けた。