第4章 揺れていたもの、落ちたもの
「突然呼び出してごめんね、財前くん」鈴を転がしたような愛らしい声が財前に向けられる。自然と眉間にシワが出来てしまう。
「はぁ、別にええですけど」
そもそもあんた自身、どうでもいい。そんな言葉が彼の表情に滲んでいるが遥はさして気にした素振りを見せず口を開いた。
「あのね、財前くん……私、君に言いたい事があるの」
「……」視線で早くしろ、と促す財前。
ひくりと頬をひくつかせたが、特にツッコミを入れる事をせず咳払いをひとつ落としてから遥は話し始めた。
「私、財前くんと仲良くなりたいな。お友達として…あ、その先、とかも、ね?」
そう言ってほんのり頬を染めた遥は、照れくさそうに笑い両手でそっと口元を隠した。
ーーよくやるよ、本当に。
もう見飽きてしまった光景に、心底うんざりしながらそんな事を思った。遥は昔から名前が少しでも異性と仲良くなるや否や、その異性に話しかけるのだ。今したように、少し意味深な言葉や表情を浮かべながら、異性に話しかける。
すると相手は馬鹿みたいに頬を紅潮させ、遥にメロメロになるのだ。そりゃもう、笑ってしまうくらいに。
ーー財前くんも、きっと…。
「寒。よう面と向かってそんなん相手に言えますね。ビビりますわ」
「え…」
「なっ…?!は、はぁ…!?」
さらっと言い放った財前の言葉に、名前と遥の届いた声が重なった。
ーー遥の"誘惑"を跳ねのけるなんて……財前くん、やるじゃない。
心中で感心しながら、ちらりと遥へと視線を流す。まさか自分の誘いに、あんなにきっぱりと断るとは思っていなかったであろう彼女は顔を真っ赤にして眉を吊り上げている。
見た事のない表情を浮かべる彼女に、名前はなんとも言えない心境に陥った。胸がスカッとしたような、なんだか可哀想なような。自分でも訳が分からなかった。
まるで興味を示していない瞳を遥に向ける財前をただぼんやり眺めていた名前の耳に「どないしたん、皆」と困惑した声音が滑り込んできた。