第4章 揺れていたもの、落ちたもの
だがしかし、彼女のその表情や態度にも微塵も怒りなどしない男ーー財前光。怒りはしないが、名前と同じで彼もあからさまに面倒くさそうな表情を彼女へと向けている。
名前よりもひとつ年下な筈なのに、なんと感情をストレートに出す人間だろう。きっと上下関係などあまり気にしないタイプの人間なのだろう。
「財前くんて図書館で本読むタイプなんだ?」
面倒くさそうな表情を綺麗さっぱり取り去った名前が笑顔でそう尋ねれば「胡散臭」と呟くように言葉を落とした財前。
名前の額にピキリと青筋が浮かぶ。
ーー相変わらずきっぱりと言う子だなぁ……ある意味羨ましいけど。
「はぁ……まぁいいや、じゃあね、財前くん」
これ以上相手をするのは疲れてしまう。そう思い目当ての本を取りに棚へと向かえばガラリとドアの開く音がした。反射的にそちらへと視線をやってーー僅かに目を見開いた。
「……遥?どうしたの?図書館に来るなんて珍しい」
普段図書館に来ることなんて授業関連以外ではないのに。訝しげな顔を向ける名前に、にっこりと笑みを返す遥は何かを企んでいるように見える。
彼女は未だ訝しげな表情を浮かべる名前の横をすり抜け、ピタリと立ち止まった。止まった彼女の前には何故か財前光が居る。訳が分からないと言う顔を一瞬浮かべた彼であったが、何かを察したのか「あぁ」と声を上げた。
「これ、アンタが入れたんすか」
言いながらポケットから何かを取り出す。白い封筒だ。一目見ただけでそれがラブレターだと言うことが直ぐに分かった。
そこでやっと、遥が図書館に来た意図を理解した。財前の下駄箱にラブレターを入れて、場所を図書館に指定して呼んだのだろう。
ーー私が放課後よく図書館に行くの知ってるくせに……それにしても、古典的なやり方するな……ラブレターって。
他人事のようにそんな事を思いながら、ただ黙って彼女を見つめる。整った顔も、すらりとした体躯も、艶のある黒髪も、文句のつけようがないくらい綺麗だ。
ーー唯一文句見つけられるとしたら性格かな。
なんて性格の悪い事を心の中で呟きながら目当ての本を棚から引き抜き貸し出しカウンターへと向かう。