第4章 揺れていたもの、落ちたもの
遥のあの笑みを目にして、そんなふうにあしらった者は初めてだ。驚きのあまり目を見開き財前を見ていた名前であったが、ふっと彼女へと視線を向ける。目を丸くさせていた彼女であったが、じわじわと表情が違うものに変わっていく。
眉が寄せられ、眉間にシワが出来た。口角は下がり、目が冷たいものになる。
ーーお、怒ってる……。
一目でそう理解した。理解はしたが、この先どう対処すればいいか分からず名前はただポカンと口をあけ彼女と財前を交互に見つめるしか出来ない。それもそうだろう。
楠遥と言ういい女が、自分に微笑みかければたちまち男達は頬を染める。白石蔵ノ介と言う男も、最初のうちこそそれは無かったが、今ではすっかり彼女の笑みに頬を染めている。
だがしかし、この財前光と言う男はどうだ?
遥がニコリと笑みを零しても、頬を染めるどころか僅かに眉を寄せ、早くどこかに行けと言うのだ。そんな反応する男を見るのは、名前は初めてであった。
しかしそれは当の本人である遥もそうだったようで、初めての反応に最初のうちこそ驚いた表情を浮かべていたものの、今は怒りの表情が色濃く見える。
「……ふーん。財前光くんね。分かった。行こ、蔵ノ介」
「あ、あぁ……せやな。ほな、苗字さんまた後で」
「うん……またね」
曖昧な笑みを零しながら緩く手を振ってきた白石に、貼り付けた笑みを浮かべながら同じように緩く手を振って見せた。
二人が立ち去った後、嘆息を口の中で殺していると自身の横顔に視線が突き刺さるのを感じ反射的にそちらへと視線をやる。ぱちり。財前と目があった。絡む視線。
ーーこの子の目、なんだか……苦手だな。
何かを見透かしたような、そんな目をしている気がするのだ。名前は居心地の悪さを感じ視線を外し、足元へと移した。
「あの人と仲ええんすか」
「え?」
不意に質問を投げられ、直ぐに返答出来ず間抜けな声を上げ彼へと視線をやればさして興味無さそうな表情を浮かべながらスマートフォンを弄っていた。
ーー……気まぐれで聞いたのかな?