第4章 揺れていたもの、落ちたもの
あっさりと納得した彼女に、名前は驚き丸くしていた目を更に丸くさせた。
楠遥と言う女は昔から自分の意見を通す人間であった。余程の無理でない限り、その容姿と声で意見を貫き通すーーそう言う女なのだ。その彼女が、こうもあっさり折れるとは、と驚きが止まらない。
目を丸くしたままでいると、そっと手が離された。無意識のうちに止まっていた酸素が口から入ってきて、体の力が少しだけ抜けた気がした。
ーー知らないうちに体に力が入っていたのは、息する事を忘れていたからか……それともーー。
衣擦れの音がした。いつの間にか下がっていた視線を上げれば、いつの間にか遥が財前の目の前に立っていた。先程よりも近い。歩幅一歩分、彼女が距離を縮めたのだろう。
随分と近い距離に居る彼女を、財前は
「ねぇ、その代わり、名前教えてよ。私は楠遥。貴方は?」
そう言って柔らかく微笑む彼女に、名前は辟易した。
ーーそう言う事か……。
何故こんなにもすんなりと言う事を聞いたのか。
財前光と言う人物に近付きたいのだろう。
ーー私が、男の子と話す事がそんなに気に食わないのかな。
ふんわりと微笑む彼女にそんな事を思う。今現在、彼女の隣に立ちすくみ微妙そうな顔をしている白石蔵ノ介と言う男だけでは満足せず、財前光と言う男にも手をかけようとしている。
ーーそれもこれも全部、私が仲良くしてたと理由だけで。
理由なんて本当のところは分からないが、まぁそんなところなのだろう。小さい頃から自分の想い人へとちょっかいを出してはいいムードになっていた彼女の思考なんて分からないし、分かりたくもないーーと、名前は強く思う。
自分の横にはズバズバと物を言う後輩。その後輩の目の前には幼馴染。その幼馴染の一歩後ろに居るのは自分の想い人。なんなのだろうか、この状況は。痛む頭をおさえ嘆息を口内で殺す。
ーーあの笑顔見たら、財前くんもキュンときちゃうんだろうなぁ。
ーーそれで、どうせまた……。
「財前光、二年。……名前教えたんで、はよ違う所行ってもろてええですか?」
声をうわずらせる事無くズバリも言い放った財前の言葉に、その場にいた全員が目を丸くした。