第4章 揺れていたもの、落ちたもの
財前の言った卵焼きをひとつつまみ「はい」と彼の口元に運ぶ。極自然な流れで。彼は僅かに目を見開いたが、何か言うでもなく素直に口を開け差し出されたそれを口に収めた。
「どう?」
「まぁまぁっすわ」
「…はぁ~…」
もくもくと口を動かしながら素直じゃない言葉を零す財前に名前は不覚ため息を吐いた。相手に分かるように、なんともオーバーにつかれたそのため息。一緒に話していた者が聞いたとしたら、誰もが嫌な気分になってしまうであろう…そんな溜め息だ。
しかし財前光は違った。名前がついた大きな大きな溜め息など微塵も気にした素振りも見せず、咀嚼を終えたばかりだと言うのに弁当箱の中身を覗いている。まるでまだ何か欲しいものがあるように思える。
「まだ何か食べたいものがあるの?」
「からあげ」
「はいはい」
視線を唐揚げに注ぎながら言う財前に、名前は軽く笑ってしまった。ズケズケと物を言い肝が据わっているくせに、子供じみたところがある彼が可笑しかったのだ。
眉を八の字に下げくすくすと笑う名前に、財前は僅かに眉を寄せそっと口を開く。
「何すか」
「いや、子供ぽくて可愛いなと思って」
「はぁ?」
なんだそれ、と言った表情を零す財前。眉間のシワが濃くなった。それを見て慌てて笑うのをやめ、唐揚げをひとつ摘み彼の口元へと寄せる。ちらりと唐揚げに視線をやった後、こちらを見て何か言いたそうに暫く黙り込んでいたが、そっと口を開き唐揚げを口の中へと収めた。
ーーなんか変わった子だなぁ。
そんな事をぼんやりと思ったが、決して嫌な気分ではなかった。寧ろ新鮮な気持ちで心地良かった。
表情を変えず咀嚼をする彼を見ながら、名前は自己紹介をするためそっと口を開きかけたその時ーーこちらへと近づいてくる足音が耳に滑り込んできた。二人分の足音がこちらへと近付いてくる。極自然に顔を顰めてしまった名前だが、それもほんの一瞬だ。
反射的に顔を上げて、あぁやっぱりな、と心中で溜め息を吐いた。
「どうしたの?遥、白石くん」
笑みを貼り付けながら、やってきた足音二人分の招待に笑いかけた。