第4章 揺れていたもの、落ちたもの
「自分でもそう思うよ、胡散臭いって」
至って普通の、何も作っていない声音で名前はそう財前へと言葉を渡した。
声音だけではない。表情も、オーラも、何も作っていない。ありのままの名前の状態を財前光と言う、未知なる生命体にさらけ出している。自分でも驚いた。
しかし、どうでもいいだろう…と思ったのだから仕方ない。この、財前光と言う男に好かれても好かれなくてもどうでもいいと…と思ってしまったのだから。
今までの名前は、無条件に相手に愛想を振り撒いていた。そうすれば少なくとも相手が自分のその愛想を無下にする事はないと思っていたからである。実際今まで接してきていた者達は同じように笑みを返してきた。
この、隣にいる財前光以外は。現に財前は名前の言葉など聞こえなかったかのように返事をしない。会話のキャッチボールをする気がないようだ。
止めていた手を再び動かし、口の中に食べ慣れたそれらを放り込む。機械のような動きをしながら、それらを咀嚼する。食べ慣れ過ぎてしまった味は最早美味いのか不味いのかもわからない。
「……な、何かな?」
するりと口から言葉が出た。隣にいる彼からの視線が突き刺さっているからである。思わず手を止め財前へと視線をやれば、変わらず突き刺さる視線。
しかし、その視線は名前を突き刺さしているのではない。名前の膝の上にあるーー弁当を突き刺しているのだ。笑みを作ることなく、ひきつったありのままの表情を財前へと向ければ彼は顔を動かすことなく視線だけを名前へと寄越した。
「これ、アンタが作ったんすか」
「そ、そうだけど…?」
「ふーん…」
「え、な、なに?不味そうに見える?」
「いや、別に」
素っ気なくそう言った財前は傍らに置いてあったビニール袋をガサゴソと漁り中からパンを取り出した。今度は菓子パンだ。甘くて丸いメロンパン。
それを手に、ちらりと名前へと視線を投げる。
ーーあ、もしかして。
「……何か、食べたいものとかあったりする?」
「卵焼き、美味そうっすね」
恐る恐る聞いてみれば、間髪入れずそう返ってきた。どうやら財前光はあまり素直な性格ではないらしい。