第4章 揺れていたもの、落ちたもの
首を傾げているとふと周りのくすくすという笑い声が耳に滑りこんできた。何故イヤホンをして、音楽まで流しているのに微かな笑い声が耳に入るのか…。
至極不思議に思いながら辺りを見渡していた、不意にイヤホンが両耳から外れてしまった。否。意図的に外されたのだ。
自身の体に影がさし、反射的に顔をあげればそこには黒髪の男が無表情で名前を見下ろしていた。イヤホンを手に、何を言うでもなくただ黙って自分を見下ろしてくるその黒髪の男には見覚えがあった。
新学期の日。顔をぶつけた白石と、しゃがみこんでそんな状態の白石と話していた時に現れたーー黒髪の男。耳にはやはり沢山のピアスが、あの日と同じように付けられている。
「あ、貴方確かこの前ーー」
そこまで口を動かして、名前はふとある事に気がついた。イヤホンを取られた筈なのに、流した音楽が耳に滑り込んでくるのだ。
ぎょっと目を見開き視線を下げれば、膝の上にある音楽プレイヤーからしゃかしゃかと音が流れている。イヤホンを取られた際に抜けたのだろうか?否。そんなに強く取られていない。そっと外すようにイヤホンを取られた。
ーーという事は、つまり…。
「イヤホン刺さんと音楽流すん、迷惑なんで止めてもろてええですか?」
なんともストレートな言葉が名前にぶつけられた。
彼の言葉がグサリと胸に刺さり頬をひくつかせるも、音楽を止めた後すぐに笑顔を張り付け口を開いた。
「ごめんね、煩かったよね」
「そっすね。じゃ、そう言う事で」
「あっ…!ちょ、ちょっと待って!」
なにか話すことが特にある訳でもないのに、咄嗟に呼び止めてしまった。はたと我に返り焦りの色を顔に滲ませればなんとも面倒くさそうな表情を浮かべながら「なんすか」と彼は言った。
ーーい、一応先輩だぞコノヤロウ…。
ひくっと頬をまたひくつかせつつも、誤魔化すように必死で笑みを浮かべたまま名前は口を開いた。
「えっと、君…白石くんの後輩くんだよね?テニス部の、さ」
「そっすね。じゃ」
「まっ、待って待って待って!そんなにすぐ立ち去ろうとしないでよ!」
表情を崩す事無くやたらとすぐ立ち去ろうとする彼に名前は少しだけ声を張りながら制服の裾を掴み引き止めた。