第3章 四天宝寺の王子様
「ん?なに?」
なんらいつもと変わらぬ素振りを見せながら、遥へと返すように笑みをはりつけた。100点満点の、誰が見ても心の底から笑っているであろうと言う笑みだ。
彼女の隣に立って、緩く首を傾げて見せれば正面から彼ーー白石蔵ノ介の視線が注がれてくるのが分かった。とくとくと小さく可愛く跳ねる心臓が心地よく、不思議と楽しいような感覚に陥る。
けれどもそれには無視をした。今の状況で会話するには、酷く邪魔だからである。
「名前からももう一回お礼言ってもらった方がいいんじゃないかと思って呼んだのよ」
「お礼?」
いったいなんの?と小さく眉を寄せる。自然と顔には不思議、分からないと言った表情が浮かぶ。そんな彼女を見て、白石は小さく笑いを零すとゆっくりと口を開いた。
「せやから、苗字さんがお礼言うことちゃうねんて。俺がボケで顔ぶつけた所心配してしゃがみこんでくれたんやから。手を貸して立ち上がらせるくらいするわ。ちゅうか、お礼言わなあかんのは俺の方やし。苗字さん、心配してくれておおきにな?」
そう言って笑った白石に、キュンとしてしまう。
ぐら
ぐら
ぐら。
何かが大きく揺れている気がした。
「い、いやそんな…しゃがみこんだだけで私何もしてないし…。顔、大丈夫?傷とかはなさそうだけど痛い所とか…」
「ん、全然へーきやで。俺あれやり慣れてんねん」
「や、やり慣れてるんだ…」
得意気に自分の胸を叩き話す白石に、思わず目を丸く驚く。しかし、そんな得意気な顔にもまたキュンときて、また何かがぐらぐらと揺れる。
ーーあぁ、なんて…。
あたたかくて、むず痒くて、幸せな空間…時間だろう。
自然と頬を緩ませ笑ってしまえば、ぎゅ、と腕に何かが絡みついてきた。反射的にそちらへと視線を流す。長くて細くて、けど何処かきちんと締まっている遥の腕だ。
「ごめんね、白石くん。この子ちょっと抜けてるから。また何かやらかした時は私を呼んでね?」
「ふはっ、なんや楠さんは苗字さんの保護者みたいやな?」
「そうだよ~なんたって幼なじみだからね!」
にこ、と。花が咲いたような笑みを浮かべる。