第3章 四天宝寺の王子様
想い人を略奪され、嫌な思いを何度もして"大嫌い"や"居なくなればいいのに"と思った事は数えきれないほどある。
けれど、遥のこういった可愛い面を見るとやはり「大好き」と思ってしまう。略奪癖さえなければ、良いのに。名前は何度そう思ったことか。
「おーい、イチャイチャしてへんとはよ席着きやー。楠さんはそこで、苗字さんはそこな」
イチャイチャって…と思いつつ深くツッコミはせず愛想笑いを浮かべながら担任の指さした席へと座る。鞄を横にかけてから、そっと遥へと視線を流せば同じように席について鞄を横に掛けていた。
たったそれだけの事なのに、教室中の視線が遥へと注がれている。一緒に入ってきた名前へと視線を注ぐものはーーとそこでふと視線を感じた。
反射的にそちらへと視線をやって、どきんと心臓が跳ね上がる。視線の先に居たのは白石蔵ノ介だったのだ。
ーーこ、こっち……見てる?
頬杖をつきながら柔らかく笑う白石と、視線が絡んでいる。それだけで名前の心臓は煩いくらいに高鳴る。
ひらり。手を振られた。つられるようにして、ほぼ無意識のうちに手を振り返せばまた柔らかく笑ってから彼の視線は担任のいる正面へとうつってしまった。
どきん どきん どきん
ふわ ふわ ふわ
まるで自分自身が心臓になった、そんな感覚であった。どきどきとなる心臓はうるさいし、それなのに何故かふわふわとどこかへ飛んでいってしまいそうなほど気持ちは浮かれていた。
ーーまだ、まだ…好きじゃない、はず。うん、そうだ。
赤い顔を隠すように両手でそっと顔を覆い言い聞かせるように心の中で呟く。白石蔵ノ介という男の存在は以前から知っていた。しかも入学初日から。
"王子様のようにカッコイイ男の子がいる"
そんな噂が入学初日、名前の耳に入り込んではいたが自分には関係の無い話だとさして興味は示さなかった。しかし、白石蔵ノ介と言う男はよくも悪くもその外見からか目立っていた。
告白されて振っただの。女泣かせだの。年上の彼女がいるだの。テニスがすこぶる上手いだの。頭がいいだの。運動神経がいいだの。
いい噂も悪い噂も、名前の耳にはするすると入ってきていた。