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《R18》知らないんでしょ《庭球》

第3章 四天宝寺の王子様



 ーー息が、苦しい。

 言葉を吐き出し、紡ぎ、並べ終えた名前はひっそりと心の中でそう思った。背後には崖、目の前には責め立てるような視線を向けてくる遥。そんな気分であった。
 それでも名前の顔にはにこにこと笑みが張り付いている。心の中の怯えを隠すように笑みを浮かべる彼女に、相変わらず遥の視線は注がれたままだ。

 ーー早く…何か言ってくれないかな…。

 にこにこ。笑みをはりつけたままそんな事を思う。
 睨みをきかせた遥と、そんな彼女に笑みを浮かべている名前。二人の横を通り過ぎる四天宝寺生達はそのどこか異様な空気にちらちらと視線を寄越してきた。
 そしてその視線が必ず最後に辿り着くのは、遥の方であった。男子生徒は頬を染め、女子生徒は羨ましいと唇を尖らせる。彼女の近くにいる名前になんて、最後は誰も興味を示さなかった。
 なに、なんて事ない。よくある事だ。慣れた事だ。名前は今更なんとも思わなかった。

「……あっそ」
 たっぷりと時間をかけ、やっと口を動かしたかと思えば彼女の形のいい唇から紡がれた言葉は空っぽなものであった。拍子抜け、なんて事はしない。
 遥は勘が鋭いのだ。もしかしたらもう既に、名前の白石への淡い何かを感じ取っているのかもしれない。だからこそ、追求などと言う面倒な事をしないのかも…しれない。

「早く行こ。掴みの門前にして遅刻はありえない」
「そうだね、行こうか。それにしてもよく間に合ったね」
「あぁ、上履き忘れた事にお母さんが気付いて届けてくれようとしてたんだ。途中で会ったの」
「そっかー」

 まるで何事も無かったかのように、他愛もない話をしながら二人は掴みの門をくぐった。ちょっとした小ボケをかましてみた名前であったが「はい0点」と遥に辛口採点されてしまった。
 その点数の厳しさに、吹き出して笑えば遥もつられるようにして笑う。さっきまでの空気なんてまるで無かったかのように。二人は顔を見合わせて笑う。

「……しょーもな」

 誰かがひっそりと、そう呟いた。

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