第3章 四天宝寺の王子様
彼女のその不機嫌さを隠しもしない態度に、たらりと背筋に冷や汗を流しながら、名前は慌てて白石から距離をとった。
へらり。愛想笑いが勝手に顔に張り付いた。遥が不機嫌な時、あやす様に笑みを浮かべていたら自然とこんな笑い方が板についてしまったのだ。
「えっと、私がしゃがみこんでたから引っ張って立たせてくれただけだよ。そしたらよろけちゃって…あはは、ごめんね?白石くん」
乾いた笑いを口から漏らすのと同時に、隣にいる白石へと謝罪の言葉を述べれば彼は一瞬目を丸くし緩く左右に首を振った。
「謝らんといてぇな。自分は全然悪ないし…寧ろ謝るのは俺の方や。堪忍な?無理に立ち上がらせて、捻ったとことかあらへん?」
「ぜ、全然!何処も痛くしてないから、平気」
「そら良かったわ。ほんなら、俺行くわ」
「う、うん。じゃあね。ありがとう」
お礼を述べながらひらりと手を振れば、白石は柔らかな笑みを浮かべ手を振り返してきた。きゅう、と心臓が鳴った、跳ねた、疼いた。心地よい感覚だと、名前は思った。
「………」
ほんのりと染まる名前の頬。彼女の横顔を無言で見つめていた遥はそっと白石へと視線を流した。白石と遥の視線が絡む。名前の心臓が、ドキリ、と嫌な跳ね方をした。見ないでほしい、と思った。
ーー皆、どうせ遥の事を、好きになるんだから…。
だから、見ないでほしいと思った。
だから、視線を絡ませないでほしいと思った。
それは何故だろうか?答えは至極簡単なものだ。名前が、白石蔵ノ介と言う男をーー四天宝寺一イケメンで、四天宝寺の王子様だと言われる男をーー気になり始めているのだから。
その感情は。その感覚は。好きになる一歩手前の、柔く淡く儚いもの。それを燻らせ、少しずつ広げて、燃やしていけば……好き、と言う感情になり、白石蔵ノ介と言う男が苗字名前にとって新たな想い人へとなるのだ。
そんな不安定で繊細な時に、遥が現れてしまえば……簡単にそれは崩れてしまう。何故か?遥が相手の恋心を自分へと生ませてしまうからだ。それが、名前の言う略奪だ。