第3章 四天宝寺の王子様
ーーずるいなぁ…。そんな、ちょっとの仕草で凄くカッコイイなんて。
キュン、と疼いた胸。名前はそれに気づかないフリをした。二度目だ。
「なーに困った顔してんねん、ほら、っと…」
待てども暮らせども一向に手を握ろうせず、おろおろとしている名前に溜め息をひとつ落とした白石。彼の手が、宙をさ迷っていた名前の手を握り勢いよく自分の方へと引き寄せた。
「わっ…?!」
突然の事に上手く反応することが出来ず、引っ張られるままに名前の体がふわりと揺れる。しゃがみこんでいた体制から立ち上がったかと思えば、ぐらりと揺れーーぽすん、と白石と胸板へと顔がぶつかる。
ーーな、な、なぁ…?!
手を引かれ上手く反応が出来なかったとはいえ、白石の胸板に飛び込むような状態になってしまった名前。一人パニックに陥り言葉が喉奥で突っかかり出てこない。
顔に熱が集まり、勝手に赤くなっていくのが嫌という程自分でも分かった。
ーーごめん、とか…ありがとう、とか…言わなきゃいけないのに…!
そんな簡単な事なのに、言葉が出てこない。それも仕方の無い事だ。苗字名前と言う少女は男性経験がゼロなのだから。
小さい頃から遥に想い人を略奪されている名前。異性に想いを寄せる、までの事しかした事がないのだ。触れる事も、熱く視線を交わすことも、ましてや異性の胸板に飛び込むなど生まれて初めてであった。
しかもその初めての相手が、四天宝寺一のイケメンーー白石蔵ノ介だとは。自分は夢でも見ているのだろうか?と名前はパニックに陥っている頭の片隅でぼんやりと思った。
「……何してるの?」
ぐるぐると半分目を回していると、不意にそんな声が耳に滑り込んできた。怒りを抑えている。そんな感じの声音だ。
白石と名前の視線が反射的にそちらへと向かう。視線の先には上履き袋を片手に、凛と背筋を伸ばし立っている遥が冷たい視線を二人ーーいや、白石に向けていた。
ーーお、怒ってる…。
遥のその声音と…醸し出されるオーラ、そして目付き。誰がどう見ても、はっきりと、彼女が不機嫌である事が見てとれる。