第3章 【優しく積もる淡い恋】千石清純
「【女性名字】さん聞いてくれる?」
ひとしきり笑った後で私はフェンス越しに千石くんのテニスしている姿を見ながら静かに話し出す。
「うん」
「私ね、中学の時に苦手だったの。千石くんのこと」
【女性名字】さんの方を見てはいないけど、きっと彼女は私の言葉に何となく察しがついていた表情をしているのだろうなと思った。
ただ私の言葉を待っていてくれる【女性名字】さんに甘えて私は千石くんをフェンス越しに見ながら話を続けたのだった。
「でもそれは私の色眼鏡で見た世界から見た千石くんだったの」
私は勝手に彼の事を決めつけていた。
そんなの失礼過ぎる。
本当の彼なんて私はきっと何一つ知らないのだろう。
でもあの時に私の手を引いて助けてくれた時から彼の小さな小さな優しさがたくさん私に積もっている。
あの時から私は彼に救われていたんだ。
また傷つくのが怖くて、彼の淡い優しさに気付かないふりをした私の方が彼よりきっと凄く嫌な人間だ。
そう自覚すると私は自然と自身に対して自嘲の笑みを浮かべていた。
「本当に失礼だよね、私」
「そんなことない!絶対!」
私が自身をあざ笑うように呟くと、【女性名字】さんは力いっぱい否定の言葉を私に浴びせた。
驚いて千石くんを見ていた顔を私の隣にいる彼女の方へと動かす。
彼女の目をまっすぐみると、彼女の真剣な瞳が私をジッと見つめていた。
その力のこもった眼差しは嘘偽りなく私の事を思ってくれていると感じ取れて私の胸が熱くなる。
「ありがとう」
少しだけ震えた声でそう告げると、【女性名字】さんは嬉しそうに笑った。
その微笑みがとても綺麗で同性の私ですらドキリとしてしまう。
「ていうか、千石も千石だし。あいつたまにわざとそういう振る舞いするもん」
「そうなの?」
「変なところでカッコつけっていうのかな?そういう時ある。これ、幼馴染の私が言うんだから間違いないから」
その言葉で私は今はじめて彼女と千石くんの関係を知り内心驚く。
幼い頃から傍にいたから自然だったのか…と。
【女性名字】さんと千石くんの関係性を知って私は今までの二人の間の気兼ねない関係に全て納得がいってしまう。
そして私が【女性名字】さんの言葉に頷くと彼女がまた優しく微笑む。
それと同時にコートの中から千石くんの勝ちが分かるコールが聞こえてきたのだった――。