第1章 私の中、私は生きる
「大丈夫ですか? どうぞ、座って下さいっ」
女性は、膝を抱える私に気を遣ってくれたのか、古びたぎしぎしと軋みそうな椅子を引いて、私が座るのを介助してくれた。女性は微笑んで私から離れると、先程入って来た扉の鍵を掛ける。よく見ると、もう何十年も使い古されているような鍵が、幾つも縦に歪んで付いていた。
「これで、もう安心です。貴女も、私と同じ人みたいですね」
鍵を全て掛け終えると、女性は私の向かいの椅子に腰掛け、何層にも重なった染みが付着した机に手を置く。椅子に座り安堵を吐く女性を見ていると、眼の下に黒い隈が出来ている事に気付いた。それに、彼女の来ている服もとても綺麗と呼べるものでは無かった。
「どういう事ですか?」
私は色々と彼女に訊かなければならない事がある。先程の少女には、混乱して何も訊く事が出来なかったから。
「気にする程度の事でもありませんよ」
そう女性は、錆びた歯車が重なり合ったように笑って誤魔化した。でも、その空っぽな笑顔が一瞬にして青ざめる事なんて、数分前の私は想像していただろうか。
「早くっ、私に付いて来て下さいっ!もうっ、何でまた...」
女性は嘆き叫び私の手を掴んで、部屋の角にある化粧室のような空間に連れ込まれた。女性は、風の如く扉を閉めては、鍵を一つずつ掛けていく。状況が理解出来ない私も、鍵を掛ける手が震える女性を見て、直感的に危険な状況である事を感知する。
「大丈夫です。落ち着かなければ、冷静な判断が欠かれてしまいます」
私は、口元で手を組んで小刻みに震える女性の手を取り、優しく抱擁した。しかし、彼女はそれを振り払って、扉を両手で押さえ始めた。
「早く、この扉を押さえて下さいっ。入られたら、もう...おしまいなんです...」
女性の指示に従う以外の選択肢は無い。私は彼女のしている通りに、扉をしっかりと押さえた。
「まだ死にたくない、まだ死にたくない、まだ死にたくない、まだ死にたくない、まだ死にたくない」
女性は、突然何かに取り憑かれたように、髪を乱れさせながら首を振って嘆いている。彼女のその行動には、何かの凶器を感じさせるものがある。でも、そう『なにか』に怯えて震える姿を見れば、女性がこれまで何を体験してきて、これから何が起こるのか容易に想像出来る。私は、一層身構えて扉を強く押さえ付けた。