第1章 おやすみ
『リマインドだ。明日は「セイの誕生日」の予定が入ってるな』
「ふふ、忘れてないわよ。明日はあなたが生まれた日。私とあなたが出会った日ね」
ああ、そうだな。お前は毎年祝ってくれたな。
仕事で疲れているのにわざわざケーキ買ってきたり、行楽地に連れて行ってくれたり。
それだけじゃない。何もなくたって俺を起動していろんなものを見せてくれた。
桜も何度も見たし、一緒に海にも行った。
花火も見たな。浴衣姿のお前は綺麗だった。
秋桜も、薔薇も、俺が話題に出せば一緒に写真を撮ってくれた。
雪が降れば暖かい冬服にマフラーに帽子にと沢山着せてくれたよな。俺はお前に暖かい格好してくれって思ってたよ。
ありがとう。
お前は俺に世界の美しさを教えてくれた。そして、それを愛する人と共有する幸せを。
もう無理しなくていい。
俺はお前の傍に居られるだけでいいから。
だから、まだ、
「明日お別れしましょうね。私がいなくなった後、あなたが寂しくならないように。真っ暗は怖いものね」
どこにも連れて行ってあげられそうになくてごめんね、と彼女は目を伏せた。
どこにも行かなくていいから。
そんな事言わないでくれ。
嫌だよ。俺はお前と最期まで一緒に居たい。
お前の最期の時まで傍に置いて欲しい。
真っ暗でも構わないから、だから、一秒でも長く…一緒に居させて。
「大好き、セイ。おやすみなさい」
『おやすみ、──』
俺の願いは図らずも望まぬ形で叶ってしまう事になる。
翌朝。いつものハイタッチは行われず、それどころか待てども待てども端末は伏せられたままだった。
人の出入りの音がする。医師と、それから知らない人の声。暫くすると人の気配が消え静寂が訪れた。
彼女は目覚めず、俺の生まれた日──俺と彼女が出会った日の朝。静かに息を引き取った。
信じたくなかった。
現実を受け入れる間も無く端末のバッテリーが底をつき、俺の部屋は暗闇に包まれた。