第5章 約束
公判も中頃に入って、検察側から追加の証拠展示があった。
それは黒い手帖で。
被害者である大野智の所持していたものだった。
「あ…」
ただ一度だけ、二宮が動揺した瞬間だった。
「二宮さん…?」
振り返った二宮は、酷く硬い表情をしていた。
検察側の主張は、「被害者の大野智には、他に恋人は居なかった」というものだった。
その証拠が、この黒い手帖には、女性の存在を伺わせる記述がなかったということだった。
展示された手帳はスケジュール帳だったが、日記のように細かく文字の書き込んであるページもあった。
公判のあとの接見で、二宮はあの黒い手帖のことを聞いてきた。
「あれは…判決がでて、こちらが控訴しなければ、大野さんの御遺族に戻されると思いますよ…」
「そうですか…そうですよねぇ…」
名残惜しそうな顔をして、微笑んだ。
「あれがなにか…?」
「いいえ…」
くすっと笑った。
びっくりして顔を見ると、口元に拳を当てて、笑いを堪えている。
「あんなの、みんなの前に出されたって聞いたら、智…恥ずかしがるだろうなぁ…」
その笑った顔が、目に焼き付いた。