第17章 上総介の場合
ずきずきとこめかみが痛み出した。
最近、根を詰めると頭が痛むようになった。
これは酷くなるという予感がする痛みだ。
頭を擦りながら横になろうとしたが、この忍びは平伏しながらも動こうとはしなかった。
「まだなにか」
振り返ると、俺に向かってにたりと笑いやがった。
「三河衆の嫁子供は、ひと処に集められている…」
「それが何だと言いたい」
「…その中に、松平元康の嫁子供も居る」
「なんだと?」
こやつ、命じてもいないことを。
なぜ俺が知りたい事を、今言うのだ。
ひと処に集められているということは、今川家家来の関口某の娘としてではなく、松平元康の嫁として三河衆と同じ人質という扱いになっているということだ。
俺の白兎が離反すれば即殺す準備が整っている、という意味になる。
まだ離反する影も見えないのに。
なんと小心で猜疑心の強いことよ。
これは白兎にとって、喉から手が出るほど欲しい情報だろう。
「何故俺に言う」
忍びのとろんとした目が俺を捉えた。
その目は、真っ黒な空洞に見えた。
「お前…!」
咄嗟に刀掛けから長刀を取り引き抜き、鞘を忍びに向かって投げつけた。
「おっと…ご勘弁を」
ひらりと無門とやらは体を翻し、部屋の隅に逃げた。
ろうそくの灯りの届かない闇に紛れて、黒衣に包んだ体は見え辛くなった。
「そりゃ、織田の殿様よ…忍びは金になりそうな臭いを逃すわけねえだろうよ」
「だから、何故それを俺に言うのだ!」
抜き身を闇に向かってぶん投げた。
途端にろうそくの灯りが消え、部屋の中は闇に包まれた。