第17章 上総介の場合
「…で、用とはなんだ」
「へーい」
無門とやらは、また平伏した。
「その…えー…駿河にいる俺の村のもんが引き上げて来てる」
「おお。で?」
少しこちらが身を乗り出すと、ちらりと卑しげに俺を見上げた。
「もう駿河にゃ帰らねえと」
忍びが、見捨てたということか。今川を。
これは重要な情報だ。
今川は守護大名の古い家で、遡ると足利将軍家に繋がる家系だ。
将軍家に何かあれば今川家から将軍候補を出すというほど権威もある。
そんな家だから、こんな乱世に身内同士で血まみれの争いが起こってもおかしくはないが、義元がよく統率していた。
くそったれの下剋上も上等のこの世に珍しく、御家人の結束も強い。
だから俺が殺してやった。
でも巨岩は容易に崩れるものではない。
──だがそれも三河が織田に降るまで
そう思っていた。
それなのに…自分の命を守ることよりも儲けることに敏感な伊賀者が、今川家を見捨てるという。
忍びに金を呉れてやるのをケチっている証拠だ。
情報には金をいくらつかっても構わないと俺は思っている。
多分、義元だってそうだったはずだ。
しかし氏真はそうではないらしい。
「ふうん…阿呆が家を継ぐものではないな」
無門はまた板敷きに額を擦り付けると、俺に向かって掌を差し出した。
金をよこせということだ。
その卑しい様に、吐き気がした。
「…金は水野から貰え。俺から言っておく」
「へーい」