第17章 上総介の場合
「またそのような戯言を…!市が清洲におられる鷺山殿(信長の正室・胡蝶のこと)に叱られます!」
「ふん。なんでそなたが叱られるのじゃ」
「そ、それは…」
大方、俺に悪い虫が付かぬよう監視しているのを胡蝶のせいにでもしているんだろう。
「なんじゃ。ごにょごにょいいよって。まさか嘘か?」
「う、嘘…嘘では…いや、嘘…かも…」
「素直に認めるでない。織田のおなごが。嫁ぎ先で侮られるぞ」
「はい……」
市は正室である胡蝶のことを気に入っている。
崇拝していると言ってもいいだろう。
なにせ胡蝶は、美人。
とてつもなく美人なのだ。
美人は正義だ。
俺も市もは美人が大好きだ。
だから。市は俺が余分な室を持たぬよう監視しているのだ。
…もう七、八人居るから、側室なぞいらん。
故に胡蝶が俺を監視するような真似などはしていないはずだ。
するとしたら側室の吉乃……
いかん、吉乃の怒り顔を思い出して寒気がする。
「は、はーん。さては俺の種を無駄撃ちさせたくないんだな?」
「た、た、た……」
市は真っ赤な顔をしてせっかく畳んだ俺の小袖をぐしゃぐしゃにして握っている。
男勝りに育ったくせに、初心さが抜けず誂うと面白い。
まあ、あの白兎も相当初心そうではあったが…