第8章 遠別
「ねえ…」
「ん…?」
浴室はよく声が響く。
君を後ろから抱きしめながら、湯に浸かってじっくり温まっていると、君が呼びかけてきた。
「後悔…してない…?」
それは、何度も何度も君が問いかけてきた言葉。
俺よりも細い肩が震えてる。
「してない…」
ぎゅっと、君を抱く腕に力を入れた。
「君とこうしていられて…最高に幸せだ」
いつも、そう答えて…
君が安心してくれるのを待つ。
それは俺達の儀式で
何かを確認する儀式で
「…もう、出よう…」
君は立ち上がると俺に手を差し出して。
見上げると、君の顔からぽたりと水の雫が落ちてくる。
ぽちゃりと水面に小さく音を立てて落ちると、次々にその雫は降ってくる。
「…泣かないで…」
差し出された手を掴むと、引き寄せた。
水音を立てながら、君は俺の腕に飛び込んできた。
そして呟いた
「どうして…男に生まれたんだろ…」
それは多分。
何回も、何百回も君の中で問われた問いで。
何百回も、何千回も君を責めた言葉で。
「男に生まれてなきゃ…君と出会ってない…」
それは俺も何回も、何百回も問うた問いで。
何百回も、何千回も俺を責めた言葉で。
「君と出会ってなかったら…俺は…」
死んだまま…
自分の人生を生き続けていただろう
君と出会って、初めて
生きるということはどういうことか
愛し愛されるということはどういうことか
自分で自分を欺いて…
欺瞞だらけで傷つけ、死んでいたのだと
気づいたんだ
今、俺が生きているのは君のお陰なんだ