第8章 遠別
「おかえり…」
「…うん…」
ニット帽にダウンを着た君は、俺の顔をみたまま動かない。
暫くすると、買い物にでかけたはずなのに自分が何も持ってないことに気づいて。
「あは…買い物、忘れちゃった…」
玄関で長靴も脱がないで…
狭い狭い三和土で俺を見上げた。
「……来たんだね?」
小さな声で問うと、君は小さく頷いた。
「…そう…」
そっと手を伸ばして頬に触れると、冷たい。
「早く、温まりな」
そう言うと、やっと君は長靴を脱いで部屋に上がってきた。
ふたりでストーブの前に行くと、君はしゃがんで手をかざした。
俺もしゃがんで、その背中をそっと撫でた。
君は黙ってストーブのオレンジを見ている。
唇を少し噛み締めて…
「…ごめんね…」
そう呟くと、君は首を横に振る。
「…何も…悪いことなんてしてない…」
「ああ…」
ストーブの上に載せているやかんから、湯気が上って。
電気を消したままの台所にゆっくりと消えていく。
「…どうする…?」
その問いには、君はなにも答えなかった。
翌朝、起き出してきた君は、いつもどおりダウンを羽織って。
「しゃむいしゃむい…」
そう言いながらストーブをつけに行った。
その物音を聞きながら、まだ眠たくて。
目を閉じたまま布団に入ってたら、ダウンを着たままの君が布団に入ってきた。
「つめたっ…」