第8章 遠別
洗濯機をセットすると、リビングに戻った。
布団は畳んで壁際に積み上げてある。
その横に、古くて小さな棚。
これも、前の住人が置いていったもの。
その棚の上に置いてある、小さなラジオの電源を入れる。
控えめな音量でクラッシックが聴こえてきた。
「ああ…懐かしい…」
リストの「愛の夢」だ。
ピアノの旋律がとても美しくて…
必死で練習したな…どうしてもこの曲が弾きたくて…
君に、聴かせたくて…
ピアノは小さい頃習ったきりだった。
大人になってから、また再開したけど…
指が動かなくて、酷いものだった。
でも、この曲は…頑張ったなあ…
積み上げた布団に凭れるように、絨毯の床に座った。
懐かしい旋律に揺蕩っていると、君が戻ってくる。
「…なに?懐かしいの聴いてるね…」
ニット帽とダウンを脱ぐと、ストーブの前にしゃがみこんだ。
「ふふ…たまにはいいでしょ…?」
「いいね…この曲、俺だいすきだよ」
「俺のことは?」
「えー?決まってるじゃん…」
くるりと顔だけこっちに向けた。
「愛してる」
凄く…真剣な表情で。
思わず両手を広げた。
君はふふっと微笑むと。
俺の腕の中に、飛び込んできてくれた。
「俺も…愛してるよ…」