第7章 大野の紋章~考古学者大野智の憂鬱~
その答えは意外に早くわかった。
「だって、俺、エブラ出身ですから」
「はあああ…?」
ダーオカ…おまえだったのかっ…
エブラとは、ちょうどこのエジプト古王国時代に最盛期を迎える、地中海に面した貿易都市で、アッカド帝国に隣接している都市国家だ。
アッカド帝国の西端は地中海に出るのに、エブラから行かねばならず、この都市国家とアッカド帝国はかなり親密な関係だった。
「いやあ…でもあんなとこで、アッカドの王子様に会うなんて、びっくりしましたよ…」
あのあと…
俺の頬を濡れた布で冷やしながら、随分長いことサクミル王子とジュンフィスは話し込んでた。
どうやら、ニノール…いや、ニノシスは本当はジュンフィスの正妻になる予定だったらしい。
近親婚があたりまえだし、同母姉弟ではないから、なにも問題はない。
しかし、彼らの父王や母の死やら色々あったらしく、正式な婚儀がだいぶ遅れていた。
しかし、ニノシスの領土である下エジプト(ナイル川下流のデルタ地帯)とジュンフィスの領土である上エジプト(デルタ地帯から上流)を結ぶ、大きな婚姻になる。
だから、遅れに遅れたものの、ジュンフィスも異議もなく、その話に乗っかる予定だったのだが…
それが、アッカドが横槍を入れてきて、王女を正妻にとねじこんできた。
この時代、アッカドの勢力はイケイケドンドンだから、エジプトもこれを無碍にできない。
ではとりあえず、会うだけど、女王に旅行を勧めて、エジプトに招待したということだ。
今で言う、見合いってとこか。
それなのに、女王ならまだしも、付添として来たはずの、第一王子がいつのまにかジュンフィスの恋人になって私室に入り浸っている。
それを妬んだニノシスは、ありとあらゆる嫌がらせをアッカドの兄妹に仕掛けてきたらしい。
その話を聞いたジュンフィスは、えらく落ち込んでいた。
「もお…そういうことだったのかぁ…」
「あれ…?俺、なんか不味いことしましたか…?」