第7章 大野の紋章~考古学者大野智の憂鬱~
慌てて周りを見渡してみても、人らしき影は見えない。
近くに見える民家は、とても古いもので…
古い…もので…
「え…?」
日干しレンガの家…?
そこに広がっていたのは、信じがたい風景だった。
日干しレンガで作られた、背の低い家が密集している。
入り口は布で覆われて、中が見えない。
「待って…え…?ここ、どこ…?」
ギザかカイロだろうと思っていたその風景は、見たこともないものだった。
「もしかして川に流されちゃったかな…」
でも、ナイルの下流でも、こんな田舎のような朴訥とした風景はなかったはずだ。
アスワンダムの影響で塩害が出て砂ばかりで枯れ果てているナイル流域のはずなのに、川の周辺には緑が生き生きと生い茂っていて…
まるで…
洪水を繰り返していた頃の、ナイル川流域の風景…
そして、日干しレンガの家に、機械や雑踏の音が何一つ聞こえない静かな町並み…
古代エジプトのような…風景…
「ま…待って、待ってよ…」
いったい自分はどこに来たんだ?
現代のナイル流域のどこに、こんな風景があるんだ?
まさか…まさか…
自分で自分の考えることにゾッとする。
考えたくなくて、とにかく闇雲に歩いた。