第6章 夏の終わり
影が、ない
この人には実体がない
声が出せない
頭の中にキーンと音がする
翔にいを前に動けない俺に、その人は近づいてくる。
足音がしない。
早く逃げ出したいのに、体はいうことをきかない。
やがて俺のすぐ傍に立つと、その人はしゃがみこんだ。
初めて見たときと同じで、髪が濡れている。
前髪の先には雫が見える。
それがポロリと落ちるが、畳に落ちた音が聞こえない。
これは、夢なのか
幻なのか
青白い部屋と同じくらい、青白い顔。
ふと、その人が顔を上げた。
上にかかってる写真の額の、その人は…
学帽に学ラン姿で、どこか憂いのある表情をしている。
それと同じように憂いのある表情をしていた。
ゆっくりと俺を見ると、口が動いた。
なにかを言っている。
だけど俺には声が聞こえなかった。
「…え…?」
やっと出た声は掠れていて。
喉の奥がカラカラで、これ以上何もいえない。
悲しそうにその眉を歪めると、翔にいを見下ろした。
その顔は、もっと悲しそうで
怖いのに、目が離せなかった。
畳に転がってる翔にいの頭に手を伸ばし、そっとその青白い手で撫でると、また俺を見た。