第4章 月と踊り子
「望む物は、御座いません」
それは、今だけではない。
今までも、今も、そしてこれからもずっと。
この手足が生きて動く限り、舞台の上で、舞うこと以外は。
声にこそ出さなかったその思いが、触れる皮膚を通して、三成に伝わったような気がしたのは、
気のせいだっただろうか。
――望み無き二人の間に、密やかな感情が交わされた。
望むものは、ただ一つ。
「それならば一つ、所望しよう」
三成は、掻き抱いた●●の耳元にささやいた。
「久々に、朝寝がしたい。」
孤独な夜に。
刀だけを抱いて、壁を背に眠る夜に。
もう一度だけ、あの暖かな夢を見られるならば。
●●は、小さい頷きで答えた。
そっと三成から身を離し、蚊帳のそばに寄ると、
その帳を手繰り寄せて、三成を誘う。
後は、どうそこにたどり着いたかも覚えていなかった。
――久々に、身を滑り込ませる布団の感触だけが鮮やかだった。
続いて床に入る●●の動きを近くに感じながら、三成は、
やはり抱こうか、とぼんやりと思った。
手を伸ばして、背後からその小さな体を掻き抱けば、
少しだけ身を固くした●●の体が答える。
このまま締め潰したくなる反応と感触だった。
――脳裏をわずかに、白牡丹の面影がよぎる。
いや。よそう。
三成は、ふ、と唇の端だけで笑った。
この手で女にするには、まだ先でいい。
この手の中にある柔らかい胸元も、すでに女の香りを漂わせる首筋も、
今はまだ、手を触れずにおこうと思った。
代わりにその耳元に、唇を触れてささやいた。
「お前が『井筒』を舞える歳まで、待とう。」
三成に抱きしめられたまま、ぴくり、と●●の体が動いた。
何かを推し量るように、しばらく返事はなかったが、
「…はい」
とどこか安堵した様子の声が返ってきた。
三成は苦笑する。
素直な、娘だ。
後はゆっくりと、眠りに落ちるだけだった。
暖かな体を抱きながら、二人は、静かな闇に沈んでいく。
秋虫の声が遠ざかり、燃え尽きた行燈の火が消えたころ、
――二人はそろって、梅の花の散る夢を見た。