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月と踊り子

第3章 幕間


その朝、●●は、生まれて初めての大寝坊をした。
目が覚めて、布団から跳ね起きると、周囲にはすでに、他の下弟子たちの姿はなかった。
しまった、と一瞬青ざめたが、よくよく周りを見渡すと、そこは馴染んだ役者部屋ではなく、広々とした座敷の中である。
無論、覚えのない部屋でもなかった。
馴染みと言えば、むしろこの場の方があるといってもいいかもしれない。
ここは、幼い頃を過ごした、懐かしい奥座敷だ。
両親を亡くし、祖父の下弟子に入るまで、●●は役者部屋ではなく、この部屋で寝起きしていた。

懐かしさと、そしてひどい胸苦しさが●●を襲った。
わずかにこめかみが痛む。そして、足元がおぼつかない。

ふと、枕元に目をやると、書置きと水差し、そして粉薬の包みが乗った盆が置かれたままになっている。
書置きを手にとって、読んでみた。
そこには、祖父の手による柔らかい字で、

今日くらいは稽古を休み、静かに養生すること、
好きな時間に起き、好きな時に眠ってよいこと、
内湯屋で、朝湯をつかってもよいこと、
ただし食事はみんなととること、
そして、頭が痛んだりも吐き気がしたりしたときは、
枕元の薬を飲むこと、
といったような内容が、書き連ねてあった。

最後まで読むと、●●は手紙を閉じ、誰にともなく小さく礼をした。
盆を手繰り寄せ、薬の包みを取る。封には「酔止め」と書いてあった。

――そうだ、そういえば昨日は。

●●は、苦く爽やかな香味の粉薬を水で飲み下した。
まだ体中に残る酒の残滓が、内側から甘くけだるい熱を発している。
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