第1章 夜明け
九月。
△△座の朝は、一種異様な緊張とともに幕を開けた。
とはいえ、空は未だ濃い闇に染まったまま、星明りは冷たく輝き、
真っ先に白むはずの山影さえ、深い藍色の中に溶けこんでいる。
しかし、敷地の中、そこに寝起きするすべての人間の上には、すでにまぎれもない朝が訪れていた。
白木造りの湯屋には沸かしたての湯がなみなみと満ち、
楽屋には化粧道具と熨斗を当て、糊を利かせた衣装が、整然と並んでいる。
朝餉はすでに広間に準備されており、
ややもすると表情を硬く引き締めた座員たちが、続々とその場に姿を現した。
身体を清め、髪を整え、糊のきいた衣装を身に誂え、その身なりを一分の隙もなく整えた座員たちは、
一言も発することなくめいめいの席に着くと、黙々と朝食に箸をつけ始めた。
その様子に、何人か新顔の下弟子達は内心首を傾げる。
けしていつも通りの朝ではないことに、気付いていない者はいなかっただろう。
ごく短い朝餉を済ませた彼らは、そのまま本陣に移動する。
まだ、一番鳥のイの字すら鳴いていない。
本陣の奥には、△△座一門の総座長が今、その命の灯をかろうじて細く細く残したまま、
静かに弟子たちの訪いを待っているはずだった。
昨年の暮れに舞台で倒れて以来、長く病床につくことを余儀なくされてはいたが、
すでに彼もまた、純白の舞台衣装に身を包み、仕儀を整え、床の上に胡坐をかいて、
静かに虚空を見つめている。
供仕えが、静かに差し出した吸い飲みを柔らかく断り、座長は目を閉じる。
――△△座、最期の朝か。