第1章 お彼岸の1日
しかし今日は本当に寒い。パトロールに出た町は、雨に冷たく濡れていく。
夏も暑くて辛かったが、雨の日のパトロールは気がめいっていけねぇ。
今朝の目覚めが最悪だったのもあるが。
未だにアイツの夢を見るなんて。
舌打ちをしてタバコに火を点けた時、見慣れた赤い傘が目に入った。
今日は珍しく1人らしいチャイナ娘は、和菓子屋の前でじっと立っている。
近づく俺に気付いたのか、晴れた日の空と同じ眼でこちらを見た。
「お、トッシー、ちょうど良いところに来たネ」
「何だよ」
「あれ美味しそうアル。買ってヨ。税金ドロボーだから金は持ってるダロ。銀ちゃんいつも言ってるネ」
「あの腐れ天パ、まず税金納めてから言えってんだ」
そう返しながらチャイナ娘の指す方を見ると、『お彼岸』と書かれたのぼりの下に、おはぎが陳列されていた。
「おはぎ、食いてーのか」
「あれ、おはぎ言うアルカ?お彼岸って名前かと思ったアル」
「お彼岸に食うあの菓子をおはぎって言うんだよ」
「そういえばババーが言ってた気がするアル。あれ、でもそれはお盆?キュウリとナス食べるのはどっちアルカ?」
「キュウリとナスは食うんじゃねーよ。でもお前の言っているのはお盆だ」
そう言うと、チャイナ娘は少し考えたような顔をした後、驚くほど小さな声で、
「死んじゃった人が帰って来るのはお盆だけアルカ?」
と聞いてきた。
思わずタバコを吸うのを止め、言葉を探した。こいつはこいつで、いろいろあるのだろう。
「お彼岸ってのは、天国とこっちが通じやすいって言われてるんだ。だから墓参りしたり、後はその、なんだ、良い子にしてる時期なんだよ」
噛み砕いて話したつもりだが、伝わっただろうか。
チャイナ娘は、また少し考えたような顔をした後、俺を見上げた。
「さすがトシ、物知りね。良い子なら私いつもしてるアル。だからおはぎ買ってヨ。私におはぎ買うのも良い事アルヨ。トシの為ヨ」
「なんでそーなるんだよ。万事屋に買ってもらえば良いだろ」
「銀ちゃんパチンコで負けが続いているアル。毎日卵かけご飯だで生きてるネ。千年に1度の美少女がお腹空かせてるアルヨ。警察が見て見ぬふりして良いアルカ?」
そう言って、隊服の裾を引っ張るチャイナ娘がなんだか不憫になってきて、
「1パックだけだぞ」
と、財布を取り出した。