第6章 白き手指で描かるる流線
再び針束を手にし、先に描いてあった下絵の線をなぞるように、智は潤の肩に雷神の姿を彫って行く。
その顔は真剣そのもので…
風神の筋を掘無事り終えたことで、表情にも心做しか余裕が浮かんでいた。
そして潤も、決して痛みに慣れたわけではないが、不安の色は見る限り浮かんでいない。
その様子を、少し離れた場所で見守っていた翔は、心の底から安堵すると同時に、針束を自在に操り、筋を彫り進める智の、あまりの手捌きの良さに、恐れと、そして僅かばかりの嫉妬を感じていた。
なんと末恐ろしいことだ。
天賦の才…、とでも言うべきだろうか…
この子はもしかしたら、私を…いや、私だけではない、もっと…そうだ、これまで名匠と呼ばれて来た彫師達を、遥かに超える彫師になるやもしれん。
手潮にかけ育てた弟子が、師を超えることは少なくはないし、師である翔にとっても大変喜ばしいことでもある。
これまで、どれだけ頭を下げられようと、智以外の弟子を取ったことの無い翔も、その感情だけは良く知っている。
だが、同時に寂しくもあれば、悔しくもあり、また恐ろしくも感じてしまうのは、理解が出来ず…
翔は智の見事な手捌きを見つめながら、その狭間で複雑な心境を抱えていた。