第6章 白き手指で描かるる流線
「少し休もうか」
丁度風神の筋が彫りあがったところで、翔が智に声をかけた。
ところが智は…
「私ならまだ…」
頑として針束を置こうとはせず、首を横に振った。
翔には、智の気持ちが全く分からないわけではない。
一度気が乗ってしまえば、中々手を止めることが出来なくなることを、翔自身これまで何度も経験してきた。
寧ろ、分かり過ぎるくらいに分かっている。
それでも翔は智の手首を掴み、動きを止めた。
「お前が良くても、潤坊はどうだ?」
「あ…」
「夢中になるのは分かるが、潤坊を少し休ませてやらないとな?」
「はい…」
智は潤の口から轡を外し、彫り上がったばかりで、微かに血が滲み、赤く腫れた部分に綿布をそっと乗せた。
「良く辛抱したな。今水を持ってきてやるから」
優しく潤に語りかけ、腰を上げた。
「お水なら私が…」
言いかけた智の肩に手を置き、首を横に振ってから、土間と板間とを隔てる襖を開けた。
そこには、固唾を呑んで様子を伺っていた昌弘が、両手で手拭いを握りしめていた。
その昌弘の横を通り抜け、翔は水甕から茶碗に水を汲むと、昌弘に軽く頷いて見せた。
すると、それまで緊張のためかやや上がり気味だった肩が落ち、安心したかのように背中を丸めた。