第6章 白き手指で描かるる流線
翌朝、普段よりも幾分早く起きた智は、翔を起こさぬようそっととこを抜け出すと、寝間着姿のまま庭に降りた。
庭に面した縁側では、潤が有り合わせの材料で仕立ててくれた鳥籠が置いてあり、その中で小さな雀が餌はまだかと囀っている。
「お前はよいね、何も案ずることなくいられるのだから。それに比べ私は…」
雀に語りかけ、智はそっと瞼を伏せた。
そして静かに立ち上がると、庭の奥に設えた小さな祠へと向かでた。
祠には、いつの頃からかお地蔵さんが祀ってあって、翔も智も、ことあるごとに手を合わせて来た。
その習慣だけは、ずっと変わることはなく続けられている。
智は祠を前に両膝を付き、両手を合わせた。
そして、自身の武運を一心に願った。
すると不思議なことに、全ての憑き物が落ちたかのように心が晴れやかになり、同時にずっと感じていた指先の震えも消えた。
暗かった表情にも笑みが浮かんだ。
その時、背後でかさりと音がして、咄嗟に振り向いた先に、智の羽織を手にした翔が、やはり寝間着姿のままで立っていて…
「少しは気が落ち着いたか?」
柔らかな笑みを智に向け、智の肩に羽織をそっとかけてやると、智は襟元を手繰り寄せ、「ええ 」とだけ答え微笑んだ。