第6章 白き手指で描かるる流線
一方その頃潤は、身体に墨を入れることへの緊張と、僅かばかりの期待に、野菜と解した魚の身だけが入った雑炊すら、上手く喉を通らずにいた。
そんな潤の胸の内を知ってか知らないでか、湯呑みに注いだ酒を、次々と喉に流し込んで行く昌弘。
いつもと変わらぬ光景と言えばそうなのだろうが、何かが違っているのだとさはたら、やはり潤の表情…なのだろう。
雑炊を口に含んでは、椀を置いて溜息を落としを、何度となく繰り返している。
当然、昌弘が潤の様子がいつもと違うことに気付かないわけではない。
「お間ぇなぁ…」
湯呑みを畳の上に乱暴に置くと、向かいに座る潤の頭を、手のひらで軽く叩いた。
「な、何すんでぃ」
突然のことに潤は目を丸くし、文句を言いながら頭を撫でた。
「お前ぇがあんまり暗ぇ顔してっからだろ」
「だ、だからって叩くことねぇだろ?」
そう強く叩かれたわけでもないのに、潤は大袈裟に痛がるふりをして、昌弘を睨み付けた。
すると昌弘は満面の笑みを浮かべ、今度は潤の頭をそっと撫でた。
「長ぇこと待ってたんだろ、この日をよ…」
「ま、まあ…そうだな…」
潤が初めて昌弘の背に憧れを抱いたのは、物心がつくより以前のこと。
そのことを潤以上に知っている昌弘なだけに、暗い表情ばかりを浮かべる潤に、僅かばかりの苛立ちを感じずにはいられなかった。