第5章 抱き続ける諦念と愛惜の想い
まさか頭を下げられるとは思ってもいなかった潤は、慌てた様子で智の肩を押して顔を上げさせた。
「本当はよ、もっと早く返せば良かったんだけど…」
どこの誰だかも分からず、探す手立ても無かった潤にとっては致し方のないことではあるが、それでも後悔の念は少なからずある。
「いえ、こうして私の元に戻って来たのですから…」
胸に宛がった手拭いを、それはそれは大事そうに握り締める智。
その様子に、潤は「なあ…」と尋ねた。
「そんなに大事なもん…だったのかい?」と。
すると智は長い髪が揺れる程大きく頷き、「ええ」と答えた。
「実はこの手拭いは、おっ母さんの忘れ形見でして…」
「えっ…?」
「私は赤子の頃にそこの門の前に捨てられていた故、おっ母さんの顔は知らないのですが、お師匠さんが仰るには、この手拭いが一緒に添えられていたとか…」
見も知らない産みの親に思いを馳せているのか、智の目が僅かに潤んている。
「そんな大事なもんとは知らず、おいら…」
過ぎてしまったことを悔いても仕方の無いことだとは知りつつも、潤は智の厚意を無下にしてしまったことを、今更ながらに後悔した。
そして今度は潤が、智に向かって頭を下げた。
「悪かった」と。