第5章 抱き続ける諦念と愛惜の想い
「あんたに頼んで良かったよ」
潤は智の手を両手で握ると、「ありがとう」と礼の言葉を口にし、深く頭を下げた。
「い、いえ、私は何も…」
思いがけず礼を言われ、恐縮してしまう智。
当然だ、智はただ絵図を描いただけで、これからこの絵図を元に、潤の身体に針を入れていかなくてはならないのだから、まだまだ礼を言われるのは早いとさえ思っていた。
なのに潤は握った手を離すことも、下げた頭を上げることもせず…
困り果てた智は、隣に座する翔に助けを求めた。
「それでなんだがね…」
こほんと小さく咳払いをしてから、翔が切り出す。
「私としてはなるべく早い時期に彫り始めた方が良いと思っているんだが、何しろこの暑さではね…」
茹だる…とまではいかなくとも、外は未だ夏の暑さが僅かばかりではあるが残っていて、少々動いただけでも汗が滲んで来る程だ。
ましてや潤は大工の仕事をしているから、もし今この時期に墨を入れるとなると、何かと面倒なことにもなり兼ねない。
「どうだろうか、そちらが今請けている仕事が片付いてからということで」
「俺ぁ、別に構いませんけど」
「潤坊はどうだい?」
聞かれて潤は一瞬迷ったが、ここでまた昌弘に異を唱えては厄介なことになると考え…
「おいらもそれで…」と答えた。