第5章 抱き続ける諦念と愛惜の想い
ただ、昌弘の想いが全く通じていないわけでも、ましてや分からない潤でもない。
「それによぉ、おいらがいくら惚れた腫れたって言ったところで、相手はお偉い彫師の先生のお弟子さんだぜ? おいらなんか目の端にも入りゃしねぇよ」
潤は少々おどけた口調で言うと、少しだけ寂しそうな顔をした。
「でもよぉ、世の中には〝万が一〟ってことも…」
勿論、潤だってその可能性があることは理解しているし、その〝万が一〟に淡い期待を寄せていることも事実だ。
それでも潤はこれ以上昌弘の感情を逆撫でしないよう、自分の心とは真逆の…偽りの言葉を口にした。
「万が一なんてありゃしねぇよ。もし仮にあったとしたって、おいらとあの子がどうこうなることは、この先ずっとねぇだろうし…」と。
その言葉に漸く安堵したのか、昌弘はゆっくりと身体を布団に横たえた。
潤は掛け布団代わりの長半纏を肩までしっかりかけてやると、井戸に水を汲みに行くと行ってその場を離れた。
木桶を手に水場まで向かう途中、潤は半纏の袖で何度も顔を擦った。
男が簡単に涙なんか見せるんじゃねぇ
潤が幼い頃から繰り返し教えられた言葉が、何度も頭の中を巡るが、どうしても溢れてくる涙を、井戸から汲んだ水を被ることで隠した。