第5章 抱き続ける諦念と愛惜の想い
ところが一向に昌弘が頭を上げる様子はなく、それどころか突然激しく咳き込み出し…
「ほら言わんこっちゃねぇ」
潤は強引に昌弘の頭を上げさせると、背中を支えながら口に水を含ませ、布団に横になるよう促した。
「なぁ、父ちゃんがそうまでする理由は?」
咳も鎮まり、漸く一息ついた頃合を見計らって、潤が再び切り出す。
「俺はよぉ、別に紋々がどうとか言ってんじゃねぇ…」
「じゃあ何だよ…」
「あの子にはもう関わるんじゃねぇって言ってんだ」
「あの…子…?」
言われて潤は首を捻るが、すぐに智のことだと気付き、眉間に深い皺を寄せた。
「あの子がなんだってんだい」
額の皺が益々深くなっていく。
それでも構わず、昌弘は言葉を続けた。
「あの子は… 智坊は、たた可愛いだけじゃねぇ、あれは魔性だ…」
魔性…筆下ろしもまだ済まない潤にとっては、それが何を意味するのか分からない。
困惑する潤を横目に、昌弘は尚も続けた。
「お前ぇだって見ただろ? 智坊が翔の兄貴を見る目は普通じゃねぇ。魔性そのものの目をしてやがった…」
確かに、潤が間近で目にした智が翔に甘える姿は、潤の頬が熱くなる程のものだった。
でもだからといって、それが魔性なのかどうかは、潤にはなかなか判断し難いことでもあった。