第1章 憧憬の背中
ところが昌宏は潤を咎めることも、叱ることもなく、ただ一言…
「明日もしその娘っ子に会えたら、ちゃんと謝んだぞ」
そう言って、大きくて無骨な手で、潤の髪をくしゃりと掻き混ぜた。
潤はそんな昌宏の様子を不思議に思いながらも、小さく頷くと、風が吹く度軒先で揺れているであろう手拭いに、河原で会った娘の姿を重ねた。
明日も会えるかな…
そんなことを思いながら。
翌日…
すっかり乾いた手拭いを、丁寧に畳んで懐に忍ばせ、潤は夜が開けて間もない河原へと向かった。
せっかくの親切を無下にしてしまったことを、娘に謝るためだ。
勿論、昌宏に言われたことも理由の一つではあるが、潤自身、幼いながらに申し訳ないことをしたと、心の底で悔いていたからだ。
潤は昨日娘が手拭いを落とした川辺りに膝を抱え、じっと娘が再び現れるのを待った。
…が、待てと暮らせど娘が河原に姿を見せることはなく…
やがて日も落ちかけた頃、昌宏が迎えに来たのを期に、潤は漸く重い腰を上げた。
明日こそ来るかな…
長屋までの道程、昌宏に手を引かれながら、潤は懐に忍ばせた手拭いを握り締めた。
潤は来る日も来る日も、手拭いを懐に、河原へと向かった。
雨の日も、風の強く吹く日も、ただあの娘に会いたい一心で…