第1章 憧憬の背中
潤は娘が落として行った藍色の手拭いを拾い上げると、川面に浸し、固く絞るとそっと袂に忍ばせ、長屋に持ち帰った。
軒先の竹竿に手拭いを吊るし、小さな手で何度も叩いた。
そうしておけば、乾いた時にも皺が残らないことを、潤は昌宏に教わっていたからだ。
「明日また会えるかな…」
心の中で申し訳ないことをしたと詫びつつ、ぽつり呟いたその時、軒先で風に泳ぐ藍色を見上げる頭を、大きな手が包み込んだ。
「誰に会いてぇって?」
聞き覚えのある声に、潤は小さな背中を飛び上がる勢いで跳ねさせた。
「それにその手拭いは?」
「こ、これは…そうだ、拾ったんだ」
「拾ったにしちゃあ、随分と上等な代物じゃねぇか…。こいつをどこで?」
昌宏は風が吹く度に軒先で揺れる手拭いを、それはしげしげと眺めた。
潤は迷っていた。
事情を話せば、昌宏は当然のように潤を咎めるだろう。
何せ「てめぇより弱いもんを泣かせる奴ぁ、外道と同じだ」が口癖のような男なのだから。
しかしながら、昌宏がもっと許せないのは、嘘をつくこと。
潤は幼い頃より、「嘘は卑怯もんのすることだ」と、昌弘からきつく教わってきた。
結局潤は、河原で出会った娘のこと、そして自分が娘にしてしまった仕打ちを、洗いざらい昌宏に話して聞かせた。
どうせ叱られるなら、正直に話してしまった方が、幾分か気が楽になることを、潤は幼いながらに知っていたからだ。