第4章 二つの神に宿さるる生命
座敷に戻った智は、滅多なことでは疎かにすることの無い家事を全て放り、一目散に史机に向かった。
真新しい半紙を史机に広げ、瞼を閉じて精神を統一させる。
今日、久方ぶりに目にした二対の像…
お師匠さんは決して怖いものではないと言っていたけれど、私にはとても恐ろしいものに見えた。
でも、目を背けたくなる程の恐ろしさの中に、確かな優しさを感じた。
そして僅かばかりの愛らしさも…
智はきゅっと閉じていた瞼を開くと、半紙の横に添えられていた筆を手に取った。
たっぷりと墨を染み込ませた筆先を、心の赴くままに半紙の上に走らせる。
時に柔らかく、そしてまた時には力強く、一つ一つの線を丁寧に、自在に筆を操りながら描いて行く。
その姿を、翔は少し離れた場所に座し、じっと見つめた。
物音一つしない、あるのは突然吹き始めた強い風が庭の草木を揺らす音と、遠くで鳴り始めた雷鳴だけの部屋に、半紙の上を縦横無尽に走る筆の音だけが響く。
時が経つのも忘れ、暫くそうしていると、庭先でぽつりぽつりと雨粒の落ちる音が聞こえ初めた。
雨粒はやがて大粒の雨となり、木々の枝か折れてしまいそうな程に雨足が強くなった。
そして、地を揺らすような轟音と共に、稲妻が漆黒の空を切り裂いた瞬間、智はことりと小さな音を立て、筆置きに筆を置いた。