第3章 呼び覚まされる往の記憶
道具箱を上がり端に置き、昌弘はずぶ濡れになった頭を乾いた手拭いで乱暴に拭った。
ところが潤は昌弘には一切目もくれず、九尺二間とそう広くはない、狭い畳部屋に駆け上がると、藁細工でこさえた小間物入れを取り出し、その中を漁った。
「おいおい、なんだってんだぃ。ったく、忙しねぇったらありゃしねぇ…」
昌弘が土間で窯に火をくべながらぶつぶつと言うが、それすらも潤の耳には届かない。
「確かにここに入れた筈なんだよ…」
潤は小間物入れをひっくり返すと、中に入っていた物を全て畳の上にぶち撒けた。
そして…
「あった…、これだ…」
目的の物が見つかった途端、潤はそれを手に土間へと駆け下りた。
「これだよ、父ちゃん」
潤が昌弘に見せたのは、すっかり色も褪せ、皺の寄った一枚の手拭いで…
昌弘はそれを見るなり眉間に皺を寄せた。
「このぼろ切れがどうしたってんだぃ」
「忘れちまったのかい? ほら、おいらが餓鬼の頃、河原で…」
そこまで言われて漸く合点がいったのか、昌弘は火吹筒を放り出し、長屋中に響く程の勢いで両手を打ち鳴らした。
「こいつぁあれだ、お前ぇが河原で泣いてた時に会った娘っ子が持ってたっていう…」
「そうだよ、あの時のだよ」
潤は懐かしげに手拭いを胸に抱くと、今にも小躍りし出しそうな心を落ち着けようと、深呼吸を何度も繰り返した。