第3章 呼び覚まされる往の記憶
潤が自らの背中を貸すと言い、後はお前だけだとばかりに、智に視線が集中する。
いつか自分も一人立ちして、翔のような立派な彫り師になりたいと、智自身思い考えてきた。
そのために誰かの背中を借りなければならないことも、明確な事実として認識はしていた。
だから潤の決心は非常に有難いものではあったが、何分智にその心構えが出来てはいない。
ただ、この期を逃すのも惜しく…
「お師匠さん、本当に私で…?」
智は縋るように、不安に揺れる目で翔を見上げた。
智が不安になる理由を、翔自身気付いていないわけではない。
何しろ、智はまだ針束を握ったこともなければ、人様の肌に絵を描いたことすらないのだから。
そんな智の心境を慮ってか、最初こそ智が嫌がるのであれば…とも思ったが、先々のことを思えば、心を鬼にするしかなかった。
「やってみなさい」
翔が少々きつめの口調で言うと、智は未だ不安で揺れる目のまま、首を横に振った。
「私にはまだ早過ぎます」
「なぁに、そんなことはないさ。私が昌弘さんの背中を借りたのも、今のお前より一つ上の歳の頃だったからね」
「で、でも…」
そう言われたところで、簡単に不安が消えるわけではなく、翔は人前でめあることを知りながらも、智を引き寄せ自身の膝に乗せると、今にも泣き出しそうに震える背中をそっと摩った。