第3章 呼び覚まされる往の記憶
庭先の小鳥の囀(さえずり)だけが聞こえる板間に、静寂の時間が流れ…
不意に顔を上げた翔は、土間に座して控える智に視線を向けた。
そして「おいで」と、普段よりは少々低い声色で言うと、智もそれに応えるように、足音一つ立てることなく翔の元へ歩み寄った。
「この子は私の、生涯唯一と決めた弟子でね…」
そこまで言うと、翔は智だけに向けるたっぷりと甘さを含んだ視線を向けた。
「どうだい、この子に背中を貸してはくれないだろうか」
「お、お師匠さん、私はまだ…」
智が驚きの声を上げるのも無理は無い。
背中を貸す…それはつまり、潤に智の初彫の相手になれと言うこと。
当然、弟子の身であるが故に、翔のように代金を得られるわけでもないし、背中を貸す潤にとっても、意にそぐわない絵図を掘られたところで、文句の一つも言いようがない。
背中を借りるのも、そして貸すのも、場合によっては大きな代償を払うことにもなり兼ねない。
それを智に…と言うのだから、言われた智は驚きと戸惑いに首を横に振るしかない。
そんな智を横目に、翔は潤の方を向き直ると、再度「どうだろうか」と尋ねた。
ただ、困惑しているのは潤も同様で…
いくら覚悟を決めて来たとしても、そう簡単に答えが出せるわけでもない。
潤は無意識に昌弘に助けを求めた。