第3章 呼び覚まされる往の記憶
「これはこれは、随分とお待たせしたようで…」
買い付けから戻った翔が、風呂敷包みを智に手渡しながら羽織を脱ぐ。
智は風呂敷包みを道具箱の横にそっと置き、翔が脱いだ羽織を受け取った。
そして羽織を衣紋竹(えもんだけ)に通し、縁側の脇の竿に吊るした。
「それで、今日はどのような用向きで?」
史机を背にする格好で座すると、翔は智が運んで来た湯呑みを受け取りながら、昌弘に向かって柔和な笑顔を向けた。
「用向きって程のもんじゃねぇんですがね、こいつ…倅が紋々を彫りてぇってぬかすもんでね…」
「倅…ということは、もしや潤坊かい?」
唐突に名を呼ばれ、潤は翔と昌弘を交互に見やった。
当然だ、昌弘が潤を連れて翔の元を尋ねたのは、それこそ潤がまだ赤ん坊の頃なのだから、潤に当時の記憶があるわけもない。
潤にとっては初対面も同然なのだから。
「どこの美丈夫かと思ったら、潤坊だったとは…」
言いながら翔は懐かしむように目を細めた。
「それでですね、翔の兄貴にこいつのことを頼めねぇかと思いましてね」
「ほぉ…」
そう言ったきり、翔は着物の両の袂に組んだ腕を突っ込み、暫く考え込む。
いくら昔馴染みの相手からの頼みでも、簡単に首を縦に振らないのは、翔の常でもある。