第3章 呼び覚まされる往の記憶
「なあ、父ちゃん」
「なんでぃ」
潤が昌弘を肘で小突き、耳打ちをするかのように話しかける。
「さっきのあの子…、智って言ったっけ…」
「おう、智坊がどうした」
全てを言う前に返された言葉に、潤の肩ががくりと落ちた。
そして、それはそれは深い溜息を一つついた。
そう、潤が女子(おなご)だと思っていた少女は、実は男で、歳の頃も自分と同じだと知り、落胆すると同時に、自分の間抜けさに笑いが込み上げてくる。
「まさか男だったなんてな」
「お前ぇ、ひよっとして智坊を〝これ〟だと?」
昌弘は少しだけ下衆な笑みを浮かべ、小指を立てた。
「まあ、分からなくもねぇがな。俺は智坊が赤ん坊の頃から知ってるが、餓鬼の頃から智坊は娘っ子と間違われてたからな」
「そうだろうな…」
潤は昌弘の言葉に納得しか出来なかった。
白く柔らかな肌に、黒曜石のような双眸と、
艶やかな髪…、どれをとってもとても男の自分とは違う、と。
そこへ来てあの流れるような所作と、軽やかな身のこなしだ、潤が智を女と見間違えるのも無理は無い。
それにしても、あの顔はどこかで…
潤は、庭先で智を目にした時、一瞬ではあるが、見知った顔だと思った。
ただそれがどこの誰だかまでは、分からずにいた。