第1章 憧憬の背中
ある時、潤は昌宏の右肩が赤く腫れ上がっているのを見つけ、そこにそっと指を触れされた。
すると昌宏は、一瞬びくりと背中を震わせ、
「触んじゃねぇ!」
と、昌宏にしては珍しく声を荒らげ、潤を激しく叱責した。
それもその筈、潤が触れたのは、まだ筋彫りの段階ではあったが、新たに墨を入れた場所で…
当然、昌宏が激しい痛みを堪えていることなど知る由もない潤は、昌宏のいつもと違った様子に戸惑いを隠せず長屋を飛び出し、昌弘と良く釣りをする川原へと向かった。
「父ちゃん、ごめん…」
川辺りの大きな石に膝を抱えて座り、ぽろぽろと落ちる涙と、啜っても啜っても流れる水っぱなを、所々糸の解れた着物の袂で拭った。
その時、
「どうしたの? 転んだの?」
まるで小鳥が囀りのような声が聞こえ、潤は赤く泣き腫らした顔を上げた。
そこに立っていたのは、腰まで長く伸びた髪を、藍の組紐で無造作に結わえ、み空色の着物をだらしなく着込んだ少女で…
潤は咄嗟に顔を膝に埋めた。
父昌弘の教えを思い出したからだ。
昌弘は、常日頃から潤に「男が人様に泣き顔を見せるもんじゃねぇ」と教え続けてきた。
現に、潤が昌弘の涙を見たことは、ただの一度だってありはしない。
潤は、どんなに厳しく叱られようと、昌弘の教えだけはきちんと守ったのだ。
しかも、今目の前にいるのが、年の頃もそう変わらない娘ならば尚のことだ。